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海が見える。

海に行きたい、行ってみたい!という、えい坊の強いリクエストを受け、昼食を食べて満腹になった我々は、とりあえず港方面に向かう地下鉄1号線に乗ってみることにした。

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この1号線の西の終点、ピレウスという町がアテネの海の玄関口のようだ。
しかし、手元にあるガイドブックには、何一つ有力な情報は載っていない。
まぁ、とりあえず行ってみたら間近に海を見ることくらいはできるだろう。

途中、睡魔に襲われつつも、30分ほどでピレウスに到着。
駅を出ると、海は、すぐそこにあった。

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なんだか、巨大な港だ。バカでかい客船ばかりが、ずらりと並んでいる。
時間はもう16時近く。雲行きもあやしく、ポツポツと雨も降り出してきた。

なんだか、パッとしないし、帰りたいなぁ、などと思っていたら、えい坊、「遊覧船に乗りたい!」とおっしゃる。
う~ん、遊覧船ねぇ・・・。あたりを見回してみても、いかにもエーゲ海クルーズでござい、というような、巨大な客船しか見当たらない。
とりあえず、観光案内所のようなところで聞いてみることに。

「ん?1~2時間コース?そんな遊覧船はないよ。最短でもまる一日コースだねぇ。きょうはもう夕方だし、明日また来なよ。」

こんな答が返ってきた。うん、あきらめるしかなさそうだね。
しかしえい坊、納得いかない様子。

しばらく歩いていると、小さな船を発見。
いかにもちょっとした遊覧船サイズのフネである。
えい坊、目を輝かせる。「あれだよっ!」

乗り場にいたおじいちゃんに声をかけてみる。

「これ・・・、遊覧船ですか?」

「いや、違うよ。×△島までの渡し船じゃよ。」

ほぉら違った。さぁさ、もうあきらめて帰ろうよ。
しかしえい坊、あきらめない。

「どこにいくのか訊いてよ。ちょっとでもいいから乗ってみたいのよ!」

う゛~。

「×△島までいくんじゃよ、このフネは。」

そこまで、どのくらいかかるんですか?

「40分じゃよ。」

戻ってくる便もあるんですよね?

「いや、今日はこれが最終便じゃよ。」

あ、だめだね。もうあきらめようよ。
しかしえい坊、あきらめない・・・。こういう場合の彼女は、非常に手ごわい。
また、おそるおそる訊いてみる。

えーと、ということは、戻ってこれない・・・というわけですかねぇ?
戻ってくる方法は、なにかあるんでしょうか?

「いや、×△島についたら、違うフネに乗って◎★町に行ってな、そこからバスに乗ってここまで帰ってくることはできるぞ。」

はい?

「いや、だからな、、×△島についたら、このフネじゃなくて違うフネに乗ってな、それで◎★町に行くのじゃ。そこからバスに乗ればここまで帰ってくることはできなくもない。」

いやー、だめだめ。さっぱりわかんない。地図もない。当然、ガイドブックは何の役にも立たないし。
帰ってくる自信が、全然、ない。

周りの船員?たちも、なにか地図ねーかぁ?などとおじいちゃんといっしょに一生懸命説明してくれようとしている。
でも、だめ。さっぱりわからない・・・。地名もギリシャ文字だから、まったくアタマに入らない。

やっぱり、もうあきらめようよ・・・。
しかし、しかしえい坊、まったくあきらめる気配なし。

「乗ろう!乗ってみよう!」

え゛~!?

というわけで、我々は乗ってしまったのだ。行き先もよくわからないフネに・・・。
運賃は、覚えていないがやたら安く、小銭で済んだ。

とりあえず座席に座るものの、まったく落ち着かない。
正直、情けないが不安でいっぱいなのである。
周りの乗客たちは、きっと地元住民ばかりなのだろう。いかにも場違いな我々を、遠巻きながらしげしげと眺めている、ような気がしてくる。

いっぽう、えい坊はそんなわたくしの気持ちをよそに、ワクワク気分で喜んでいる。
あ゛~、帰ってこれなくなったらどうしよう・・・。

ついに、フネは出発してしまった。もう後には戻れない。
口数が減り、急速に押し黙ってしまう自分・・・。
不安のあまり、ちょっと不機嫌になってしまっている自分に気づき、自己嫌悪。

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景色を楽しむココロの余裕もなくしたまま、フネはどんどん進む。

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あぁ、さようなら、アテネ・・・。果たして無事、帰ってこれるのか・・・。
えい坊ともろくに口をきかないまま、重苦しく時間が流れていく。
ごめんよ、えい坊。機嫌悪くしちゃって・・・。ゆるしてくれ。
でも、不安なんだよ、とっても・・・。

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30分くらいたっただろうか。さっきいろいろ教えてくれたおじいちゃんが我々のとなりに座ってきた。
あれ?てっきりこのフネの船員さんだと思ってたら、お客さんだったらしい。

「このフネは×△まで行くんじゃが、その手前の★◎でわしといっしょに降りるといい。少し案内してやるからついてきなさい」

などと言われ、ちょっと躊躇したものの、結局従うことに。

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フネが接岸した。★◎に着いたのだ。

「さて、降りるぞ。ついてきなさい。」

さっさとフネを降りるおじいちゃんにあわててついていく我々。
すると、背後から

「お~い!ここはまだ終点じゃないぞー!」

という船員さんの声が聞こえてきた。

「いいんじゃいいんじゃ。わしが世話するから!」

「あ~、そうかい」

外は大雨。ちょっとやぶれかぶれな気分。

「そこにわしのクルマがある。いっしょに乗るんじゃ。」

言われるがまま、おじいちゃんのクルマに二人で乗り込む。

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ワイパーがきかないほどの大雨が、いっそう不安をかきたてる。あまり楽しい気分ではない。

しかし・・・、走りながら話すうちに、このおじいちゃんは危険な人物ではなさそうだということがわかってきた。
聞けば、おじいちゃんは昔は船長さんをしていたとのことで、日本の港にもたびたび来たことがあったそうだ。
どうりで、英語もきちんと話せるはずだ。

「この島はじゃな、その昔、有名な戦争の舞台になった島なんじゃよ。ペルシア戦争じゃ。知ってるかい?いまからちょっとだけじゃが島を案内してあげるからな。」

おじいちゃんはそう言うと、いろいろ説明しながら島の目抜き通りを走ってくれた。おじいちゃんは、この島に住んでいるのだ。

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「天気がよければ、あの山の上からいい景色を眺められるんじゃが、この雨じゃあな。残念じゃなぁ。」

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「いまから、さっきとは別の港へ行く。さっきのフネの終点じゃよ。そこできみたちは別のフネに乗るんじゃ。そうすればそのフネは◎★に到着する。そこからバスに乗って戻るんじゃよ。」

ほどなくクルマは港についた。

「そこでキップを買ってフネに乗るんじゃ。元気でな!」

そう言って我々を降ろすと、おじいちゃんはあっというまに行ってしまった。
いっしょに写真を撮るヒマもなかった。ありがとうを言うのが精一杯だった。
名前すら、聞けなかった。

見ず知らずの我々に、とても親切にしてくれたおじいちゃん。ありがとう。
もう、二度と会えないだろうけど、ずっと忘れません。

さて、キップを買わねば。

「え~と・・・。」

あ。

行き先がわからない!
まずい!と思っていると、何も聞かれないまま値段を言われる。
そうか、行き先は一ヶ所しかないんだな。
ちょっと安心してお金を払う。これも激安。

で、どれに乗ればいいんですか?

乗り場には、5、6隻、同じようなフネが並んでいるのだ。
サイズはさっきのフネより全然大きい。クルマも乗せられるフェリーのようなフネだ。

「それだよ。それ!」

・・・で、何時に出発ですか?

「いますぐ!急いで!」

はーい!

言われるがまま、急いで乗り込む。

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これで、ひとまず島からは戻れる。
とはいえ、どこに着くのかわからないので油断はできない。
さっきまでの不安はだいぶ解消されたものの、まだやっぱり不安である。

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中はガラガラ。ほんの数人しかお客がいない。

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いったい、どこに到着するのだろう・・・。
なにせ、初めての土地だし、地図もないからまったくイメージできない。手がかりがない。

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来るときは40分かかったのに、なんとびっくり、10分ほどで到着してしまった。
いったい、どういうこと??まちがって別の島にでも来てしまったのではなかろうか?

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とにもかくにも、フネを降りる。
おじいちゃんは、そこからバスに乗れと言っていた。
ということは、バス停があるはず。

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あった~!やった~!

キップ売り場で、行き先を告げてキップを買う。
これで一安心、と思いきや、問題はまだ残っている。
ここからどのくらいかかるのか、どこで降りればいいのか、まったくわからないのである。

バス停の行き先を見ても、ギリシア語で書いてあるので、いったいどれが目指すべき「ピレウス」なのか見当もつかないのだ。

まあ、いいや。ここまできたらなんとかなるだろう。

ほどなくバスが来て、乗り込む。夕方のせいか、すぐに乗客でいっぱいになる。
運よくイスに座ることができたので、ちょっとほっとしていたら、急に睡魔に襲われて、すぐに眠ってしまった。
えい坊は元気に起きているので、まあ、だいじょうぶだろう。

どのくらい走ったのだろう。急にぱっと目が覚めた。
ふと外を見ると、なんだか見覚えのある歩道橋が。

「えい坊!ここだ!おりるぞ!」

はたしてそこは、数時間前に地下鉄を降りたピレウスの駅前であった。

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こうして我々は、行き当たりばったりの「冒険クルーズ旅行」から無事帰還したのであった。


後日調べてみたら、我々の渡った島は、サラミス島という島であった。
ペルシア戦争におけるサラミスの海戦の舞台になった島だそうである。

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地図を見てみると、アテネとは目と鼻の先にある島だ。
当日まで、まったく知らなかった島。
こうしてみると、そのときは大冒険のように感じていたのがバカらしく感じるほどの距離である。
えい坊など、すっかり長距離クルーズ旅行をした気分でいたようで、あとから地図を見てびっくりしていた。
クレタ島にでも行った気分でいたらしい。(笑)

でも、ひょんなことから、こうしてまたひとつ新しい経験と知識を得ることができた。
とてもいい思い出になった。

未知の世界には、常に期待と不安が交錯しているもの。
そこへ飛び込んでいくときには、そのバランスをとるのが難しい。
不安を恐れるあまり、何も見ずに終わるのか、はたまた、慎重さを欠いて痛い目に遭うか。
そのどちらでもいけない。

いつも、期待に目を輝かせる怖いもの知らずのえい坊と、ちょっと不安になりがちな自分。
凸凹コンビだけど、案外これでちょうどよくバランスがとれているのかもしれない。

そんな、ちょっとしたサプライズを織り交ぜつつ、翌日の飛行機で、我々はミュンヘンへと戻った。

急ぎ足だったけれど、充実した、いい旅だった。

(おわり)