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月刊かみのやま。

「かかしのまちのミニ・マガジン」。
我が故郷、山形県上山市で刊行されている地域誌だ。
発行部数、三〇〇〇部、らしい。

先日、父が、わざわざはるばるここドイツまで送ってよこした。
125号(2011.9)~127号(2011.11)の、三冊。

中をめくってみると、折り目がついたページが。
わざわざ、折り目をつけなくても、わかるのに・・・。

そう、父が書いた記事が載っているのだ。

せっかくなので、ここに全文を掲載してみる。

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僕がまだ小さかったころ、父は、狭い4畳半いっぱいにうず高く積まれた本に囲まれながら、よく原稿用紙に向かっていた。
といっても、書くことを生業にしていたわけではない。
父の職業は、本屋さん。山形の片隅にある、小さな本屋さんだ。

いつもなにを書いていたのか、僕には知る由もないし、いまさら、訊く気もない。
僕の知る限り、父が書いたものが、本などの形になって世の中に出たことはない。
父の原稿などを載せてくれている「月刊かみのやま」に感謝、である。

そしてそれを、わざわざ息子に送ってくる父。
残念ながら(笑)、その気持ちは手に取るようにわかる。

息子の僕は、少しこそばゆい気持ちで、それを読む。

「"渡邊謙次郎"が遺したもの」

渡邊謙次郎とは、僕の祖父だ。

軍人で、戦後はかみのやまで小さな英語塾をしていたという祖父のことを、僕は知らない。
僕が生まれたとき、すでに祖父は他界していた。

祖父の世代、父の世代、そして、自分の世代。

果たして自分はいま、ちゃんと生きているのだろうか。
間違っても胸を張って"Yes"とはいえない。

祖父や父が導いてくれた、いまのこの場所。
ここから、進むべき道を見つけていくのは、自分自身だ。