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さて、わがふるさと、かみのやま。

久しぶりにひとりでゆっくりと散歩する時間がとれた。
カメラ片手に、のんびりと2時間以上、育った町を、ぶらぶらと歩き回った。

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早いもので、僕がここを離れてから、数えてみたらもう25年になろうとしている。
ちょっと信じられない。光陰矢の如し。

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ウチから歩いてすぐの石崎神社。
このブランコと鉄棒は昔のままだ。ずいぶんと、遊ばせてもらった。

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神社からの眺め。
子供のころとあまり変わらない風景が広がる。
あのころなかったのは、正面に見えるスカイタワー41くらいかな。

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川沿いを歩く。
こんな橋がいまでも残っている。
「~は通行禁止」というような後ろ向きの言い方ではなく、「~のみ通行可」と、若干ポジティブな言い回しになっているのがちょっとうれしい。
まったく、どうということはないのだが。

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この橋も古いが、こちらは残念ながら渡れないようになっていた。

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あらためて歩いてまわると、かみのやまには古い建物がまだ相当数残っている。
近年は他の地方都市同様、郊外には大規模なショッピングセンターが次々と出店したり、新たな住宅地が開発されたりと、中心部以外はどんどん変わってきているのだけど、町の中心は、まだまだ昔の名残をよく残している。

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いろんな意見があろうが、僕は、こんなかみのやまが大好きだ。

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うまく表現できないけれど、

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失ってしまったら、いまの時代、もう二度と取り戻せない貴重なものが、ここにはたくさん残っている。

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上山小学校が新築されるようで、昔よく歩いた道が、なんと廃止されていた。
新築予定地は、以前、市民会館があった場所だ。

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新湯通りの温泉街。

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以前の記憶に較べると、ずいぶんひなびてしまった。

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こういう雰囲気、僕は非常に好きなのだけど、

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やっぱり、少しさみしさも感じてしまう。

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しかし、だからといって、チープで陳腐な町おこしなどには、決して安易に走ってほしくない。

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町を離れた自分には、偉そうなことは何も言えないけれど、

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すでにそこにある、貴重なものを大切にしていってほしいと切に願う。

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この小道、なぜかことあるごとに僕の脳裏にイメージとして浮かんでくる。
たしかによく歩いた道だけど、特になにかがあったわけではない。
それなのに、よくここを思い出す。不思議だ。

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おじいちゃんが、ひとり道ばたで熱心に植木の世話をしていた。
僕も、あんなふうになりたい。

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奥に見えるのは近所にあった駄菓子屋さん。
写真手前、猫の額ほどの敷地には、「ゼロ」という名のバーがあった。

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こんな消火栓も、すっかり見かけなくなってきている。

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栗川稲荷神社。

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何千、何百という鳥居が圧巻だった。
いまは残念ながらだいぶその数は減ってしまっている。
この神社には、昔、ちょっとした遊園地があって、よく遊んだものだった。

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たくあん漬を考案したとして有名な沢庵和尚が住んでいたという、春雨庵。
こどものころはまったく興味がなかったけれど、こうしてみると、しみじみ、よい。

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山のほうへ歩いていく。
途中、国道を渡る橋のうえから。
いまは町の東側にバイパスができ、そちらが国道13号線になっているけれど、以前はこの道が国道13号線だった。県道に格下げされると思いきや、国道458号線と3ケタ国道に名前を変えて、いまもがんばっている。とはいえ、昔に較べたら交通量はずいぶんと減った。

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虚空蔵山へ至る道の途中。
右側には小さな川が流れていて、冬になるとその土手でそりすべりに熱中した。

小学2年のある日、いつものようにここで友達とそりすべりに興じていた僕は、ハンドル操作(?)を誤って土手から川へ転落、そのまま気絶した。

一緒だった友達の「だいじょぶか!? 1+1は?」という声で、僕は目を覚ました。
きちんと「2」と答えられたのがちょっとうれしかったが、後日、無茶な遊びはしないようにと、学年集会で怒られた。
額に包帯を巻いていた僕は、恥ずかしくてたまらなかった。

写真右奥にその土手があったはずだけど、すっかり薮の茂みになっていてよくわからなかった。
だけど、下をのぞくと、たしかにいまも川が流れていた。

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正面に虚空蔵山。

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なんだかリッパなハイキング案内板が設置されていた。

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こんなところで「ミュンヒェン大学認定コース」なんて誇らしげに書いても、あまり意味がないような。

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雨が降ってきたので、小屋の軒下で雨宿り。

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振り向けば、僕のふるさと、かみのやま。